思考のかけら(今の気分)
信頼のおけない長文というのを前提に・・・
今より、より良くしようとする心の動きには価値がある。より良くしようとする行動は、楽しかったり、つまらなかったりもする。しかし、つまらないからといって、その動きがなくなると、人間はより良くする状態が目指せなくなるため、意味を感じられなくなる。死んでしまう。
人間は、無意識的により良くしようとする。そうできる可能性があるから生きている。
より良くできないと確信した人間は絶望する。そして、より良かった過去に希望を見出したり(忍くん?)、刹那的に意味を求めて(瞬間的により良くなろうと)、感覚を変容させるものに手を出したりする。あくまでこれは対症療法的で、本質的な解決ではないが、その瞬間はより良くなっているため、生きることはできる。
刹那的にも意味(より良いと思うこと)のある行動が取れなくなるとどうなるのか。
例えば、重度の認知症は、自我が崩壊し、より良いといったこともわからない。この場合、精神的には死んでしまっていると考えることもできる。
重度の認知症にも、そこに至る過程があるとして、その過程において、より良い状態が目指せないと確信したら、どうしたらよいのか。
マミさんはしぬしかないって言ってた……(´・ω・)・・・・