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「私」のCROSS†CHANNEL 6

たとえば、そういう世界。
どんな犯罪に手を染めても、誰も咎めることなく、また咎められることもない。
無法の世界。
だけどここにいるのは自分だけなのだ。
自分だけの世界で、どんな犯罪があるだろう。
ない。
理想的だ。
理想の社会と言える。
個であること。群を捨てるということ。
そのために必要な能力とは何か?
また、適した精神構造とは?
人間にはいろいろな欲望がある。
水を飲みたいとする欲求とはまた別の次元で、それはある。
欲望とは何だろう。
出世欲。
知識欲。
創作欲。
征服欲。
それらは他者に対して抱く、あるいは他者によってその価値が定められるもの。
欲望というものは他者の承認を得たいという、あらわれかも知れない。
人より資産を持ちたい。
人より知識を持ちたい。
人より出世したい。
前提としての他者。
多くの人が価値あると認めるものを獲得することに、欲望の根元がある。
その明確なかたちのひとつが、通貨だろう。
さしあたっての利用目的がなくとも、人はそれを欲する。
人間が欲望とともに生きる時、すでに他者の意識や価値観によって世界は染まっているのであり、またその中で人格は形成されていくのだ。
では個であったなら。
欲望はどう変質するだろう?
いや、他者がいなくなった瞬間、欲望はその定義を失って欲求へと至る。
対抗馬のないレースは競走として成立せず、故に走る速度は追求されなくなる。
自分一人の世界で、なお知識層であろうとする者が何人いるだろう?
見る者のない芸術を、彼らは作り続けることができるのか?
誰を征服するというのか?
そう。
一人になれば、人は変質する。
せざるを得ない。
突き上げるような負の感情も、マイナスではなくなる。
罪も罪でない世界なら。
この『目』は、そのためにあったのだと、天啓のように思った。 

  欲求云々はさしあたって言及するところが少ない気がする。割りと極論ではあるので突っ込みいれてもしかたない部分でもある。そういった極論を通して、何を言いたいか、というところが肝であろう。そしてそれは『目』への言及、使用意図のことについてに聞こえる。

 いまいち不明なテキストだが、『目』があったとして、まだ太一は一人ではないし、となると送還についてもう考え始めている?

 一人になった人間についての客観的考察と、自身が一人ならば、という二つの言及が見られる感じかな。天啓のように、とあるように、太一の在り方が赦される、というより赦す赦さないといった、そういう尺度を持たない世界というのを『目』は作り出せる。自身の在り方に加えて『目』を持ったこと。太一はそこに天啓を見出した。

 気になるのは太一は別に赦されるわけではなく、一人になるとただ無価値になるということなんだけど。ほら、負の感情とか、マイナスとかって有価値におかれる概念なので。

 そんな有価値より無価値を選ぶ、ということだろうけど、無価値に耐えられる精神に変質する過程はたしかに興味あるかな。虚無は大切に扱わないとね。すぐ頭おかしくなっちゃうから。