突然死について

 いつ頃か、持ち物を減らすようになった。グッズなんか昔いっぱい買ってたなあ。どうやら、これは死を意識するようになってからの傾向のようで要は身辺整理ですね。自身の痕跡は出来る限り消したいものです。

 最近、妙にくらくら(ふらふら?)する。意識が瞬間的に出入りするような感覚で、ふとした時に戻ってこなくてもおかしくないような感覚だ。どうもおかしい。

 よく頭によぎるのは自分の持っている貯蓄のことで、これはいつか誰か自身が価値あると思う人にすべて渡したいと考えていて、タイミングを測っている。近々死ぬなというような予期を覚えたら全て渡したいと思っている。私の生は、私が価値あると思う人に尽くす生だと思ったら、とても気分がよくなる。ここで明らかになるのは、価値ある人を自身のために利用するということです。ここを誤魔化す気は毛頭なく、ぜひ、私にとって価値ある人は、私のために、私の全財産をその時には受け取って欲しい。不特定多数に寄付する気はいまのところまったくない。なぜか? 自分が気持ちよくないからである。なんて悪徳だと正直失望する。

 ところで、死はその時まで体験できない。とても神秘的でわくわくする。絶対笑わせてやるからな。死は悲しいものである、というルールを違反するので、任せて欲しい。ひとことで言えば、死はとても楽しい瞬間であった! ということです。これについては確信している。ぜひ、私の死を楽しみにしていておいてほしい。楽しんでもらえると、私が嬉しい。私の死をどうか、心待ちにしておいてください(私のためにも!)